「志保、一成と何処まで行った?」








―――――はい?









‡‡‡‡‡‡











 ガーゼに血が染み込むように、じわじわと俺の頭はその言葉を理解していく。理解したくもないのに、その言葉は頭に染み透る。

「え、えぇっ、えええぇえ!?」

 時は昼休み。弓道場に驚きの声が響く。いや、俺の声だけど未だにちょっと馴染めない。
 車座になって昼食を食べるメンバーは3人。遠坂、美綴、俺。にやり、という笑みを浮かべて俺にそう言った美綴は面白いものでも見るかのように俺を見ている。いや、実際美綴は面白がってるようだけど。
 遠坂は俺と同じ、とは言えないがかなり驚いた様子だ。ぱくぱくと口を動かし、見開いた目で美綴を見る。

「何、驚く程ではないだろう? 結構な噂、と言うか既に二人は付き合っていると思い込んでいる輩も居る。あの一成も志保となら、ってな」
「なっ、何言ってんのさっ!」
「おや、違うのか? 放課後何時も一成の傍を着いて歩くだろう」
「違うに決まってるでしょ! あの糞坊主よ!?」

 おう、復活したのか遠坂が俺に代わって叫ぶ。しかしそれは言い過ぎではないだろうか。二人の仲の悪さも相当なものである。

「へぇ、でも志保本人はどう思ってるのかなぁ?」

 挑発的に遠坂を見る美綴。ぐぬぬ、と負けずに見返す遠坂。その二人の顔が、ぐるんと同時に俺の方へと向く。
 右に遠坂の顔。左に美綴の顔。

「志保っ、どうなの!?」 「志保、正直になれ」

 ぐっ、と間近に二人の顔が迫る。座ったままずりずりと後退するが、背後は壁。どん、と壁に背中が当たり、逃げられない事がよく理解出来た。
 いや、付き合ってるとかどうとか言われても、俺は一応男なんだし。流石に親友として見ていた一成をそう見れる訳が無い。俯いて、考える。



―――――あれ、でも、一成の事が嫌いって訳では、ない、と思う。
―――――でもでも、恋愛感情とかそういうモノは良く分からないし、一成に感じる好意は友情によるものだと、思う。



「……ん、一成は、友達、だよ」



 考えながら口にした為何処か途切れ途切れになってしまったが、これで二人は納得してくれるだろう。
 そう思い、俯き加減だった顔を上げると、何処か疲弊したような二人の顔があった。遠坂が深く溜息を吐きながら俺の右肩、美綴も同様に生気の抜けた顔で左肩にぽんと手を置く。いや、なんでさ。

「忘れてた。志保ってこういうのだったわね」
「遠坂、何だか自分の言っていた事が矮小に思えてくるよ……」
「あぁ、諦めなさい。私はもう慣れたはずなのにこれよ? 諦めるしかないわ」

 何だか今度は上司の愚痴を言い合う会社員のように二人で俺に背中を向ける。
 え、何この疎外感。何だか二人が遠い所に居るような気がして、呼び戻す事にする。

「おーい、遠坂、美綴」

 ぐるん、と同時に顔が向く。うわ、何か怖かったぞ今。

「志保、何考えてたのか分からないけど、今後絶対に今のような反応は見せない事」
「えっ、な、何でさ」
「何でもっ! と、に、か、く、今後自分の表情ぐらい上手く操れるようになりなさい!」
「ほんと、見てるこっちが冷や冷やするね」

 だ、だから何でさっ! と叫びたいけれど、何だか遠坂が怖くなってきてるから自重しよう。うん、そうするのが賢いと思う。
 しかし、遠坂に加えて美綴にまで言われるなんて、何だかよく分からないけどショックだ。うん、取り敢えず話題を変えよう、それがいい。

「と、突然だけど二人は学園祭何をするんだ?」




















School Panic!




















「えー、これから学園祭の出し物についての話し合いを始めまーす」

 学級委員長の気だるげな声が教室に響き、学園祭について簡単に説明をしていく。

「えー、まずとにかく出し物は早く決めてください、場所取りとか大変になるんで。あと勿論ですがなるべく危険のないモノにして下さい。あぁ、あくまでもなるべくなので、多分少しくらいの危険なら厭わないと思います。先生に聞いたところ、臨機応変千変万化との非常に四字熟語な答えが返ってきたので、好きにやっていいと思います。取り敢えず適当に案出していってそん中から良さそうなのあったらおりゃーって言いながら手を挙げて下さい。いいですか、おらーとかほあちゃーとかは許しません。おりゃーですよ」

 ……何だか凄く不安になってきた。
 一応、隣の後藤君に確認してみよう。あぁ、俺、信じろ、我が学校を信じるんだ。決して変な学園祭でありませんように。

「後藤君、後藤君」
「ん、何だい? ミスエミヤ」
「後藤君一体なんのテレビ見て……、いや、今はいい。去年の学園祭ってどんなのだったっけ?」

 実際以前の学園祭は生徒会の手伝いやら何やらで忙しかったのでよく覚えてないのだ。それはもう目が回る程忙しかったな。

「あぁ、去年か。そうだねぇ、去年は色々と大変だったよ。例えば、リアルかくれんぼかな。かくれんぼに参加する人は全員必ず迷彩服を着用。ゴムで出来たナイフを装備。1時間以内に狩人から逃げられたら勝ちとして商品券のようなもの、もしくは従業員のキスをプレゼント。まぁ、キスと言ってもくじ引きで出た名前の相手と、という条件付さ。去年はそれで何人の男が滂沱したか。くじの中身は9.5割方男、女に当たる確率なんて少ないのさ。あぁ、人生って儚いね。そう思わないかい? ミスエミヤ?」
「え、あ、うん。そうだね」

 何て事だ。まさかこの学校がそこまで変だとは思わなかった。確かにそれに気付かない俺も馬鹿だとは思うんだ。だけど、まさかそこまで酷いとは。
 頼むから危険な出し物とかにならないで欲しい。そして後藤君その喋り方は止めて欲しい。

「委員長、どうやら中々意見が出ないようだね」
「はい後藤君、良い案があるのですか」
「えぇ、こういうのはどうでしょう。喫茶店なのですが、何処か普通の喫茶店とは違うものにするのです」

 ふぅ、何だか昼のやりとりで疲れたなぁ。そんな事を思いながら、左肘立てて頬杖を突く。
 まぁ、まさかそんな大々的な事はうちのクラスではやらないだろう。はぁ、平穏な出し物になってくれればいいんだけどなぁ。

「すると、どういうことだね。後藤君」
「えぇ、名付けるならば食い逃げ喫茶ローキック。食い逃げ上等。つまり食い逃げされたら文句を言う事は出来ない」
「後藤君。それは赤字の危険性があるのでは?」

 あぁ、何だか眠くなってきた。そりゃぁ5時間目だし、満腹感が睡眠欲を増進させてるんだよなぁ。
 ふぁ。あぁ、あくびまで出てきた。あぁ、でも今は授業中だよ。

「いえ、このクラスは他のクラスに比べて屈強な者が多く揃っています。それに、罠だって配置すればいい」
「しかし、怪我などがあったら」
「その時の治療場も用意するのですよ。勿論有料ですがね」

 あぁ、眠い。くぁ、ともう一度あくびが出る。

「なるほど。しかし、本当に食い逃げを阻止できると?」
「えぇ、こっちには最強のカードがあります」
「ほぅ」

 もう、眠くて意識が……。





「類稀な身体能力の持ち主であり、料理上手、更には外見的な魅力まで備える衛宮志保さんです!」





 ババーン、という効果音がつきそうなまでに決めた後藤君。


 しかし


 コックリコックリ。

 名前を呼ばれた当の本人は、頬杖を突いたまま舟を漕いでいた。















‡‡‡‡‡













「ええぇええぇえ!?」




 再び、悲鳴が木霊する。ったく、今日はうるさいわねぇ。

「何驚いてるのよ。実行委員の話聞いてなかったの?」

 まったく、と呆れたように言うと、何故か志保は一つくぐもった呻きを上げる。
 ははぁ、居眠りでもしてたんだな、まったく。

「居眠りでもしてたのね。まぁ私は志保が何しようがただ楽しむだけだけど」
「で、でも遠坂っ! 遠坂のクラスは落ち着いた感じの定食屋だろう?」
「そうだけど」
「俺の役割、料理人兼用心棒兼ウェイトレスだぞっ?」
「う、確かにそれは酷いわね」

 今、私は志保に泣きつかれている。まぁ正確には瞳に涙を溜めた状態の志保に、熱弁を奮われているという状況だけど。
 場所は衛宮邸、ふぅ、今の状態で桜が居なくて良かった。桜が居たら先輩っ、姉さんに泣かされたんですかそうですか泣かされたんですか姉さんなんて事するんですかほら先輩私の胸にダイビングスカイ先輩を泣かす人なんて許しません泣く先輩もそれはそれでいや先輩何でもないですから気にしないで下さい取り敢えず先輩は布団に寝かせた方がいいですねそれがいいですよえぇそうしましょうほらほら先輩ごーごーです姉さんなんて気にしなくて良いんですよほらほらほらほら、という事を言い出すだろう。

「料理人とか用心棒なら良いんだ、だけどウェイトレスだぞ?」
「それがどうしたのよ」
「だって、制服着るようなんだぞ? ウェイトレス専用のっ!」

 なるほどね。私の頬が自然と釣り上がるのを感じた。きっと似合うだろうなぁ、志保のウェイトレス姿。
 んー、去年も使ったやつを使うのだろうか。あのメイド服に限りなく近いあの制服を。

「せっ、先輩! それは本当ですかっ!」




















 あぁ、平和ねぇ。