「衛宮殿、もしかすると士郎殿のご親戚か何かで御座りまするか?」
席に座ると、後藤君が喋りかけてきた。未だ時代物にはまっているらしい。
そしてその質問は、答えを用意してきた質問の内の一つである。
「あぁ、親戚。今は俺の親戚の所に入れ替わりに行ってる」
言うと、後藤君は少し驚いたような顔をする。いや、なんでさ。
「衛宮さんって、男子みたいな喋り方するのね」
すっと、横からポニーテールの女子の声が入る。あぁ、理由はそれか。
遠坂や桜に色々言われたけど、口調はどうしても変えられなかった。いや、正しく言えば変える気が無かった。今は確かに女の子、つまり衛宮志保になってしまっているけれど、心は男、衛宮士郎のままなのだ。女言葉を使うなんて違和感があり過ぎるし、何より恥ずかしくて顔が赤くなってしまう。口調くらい俺の自由にさせてくれ、遠坂は最後まで譲らなかったが、桜は何故か拳を握り締めて、それはそれでよし! と擁護してくれたのが印象的だ。
色々不審がったけど、やっぱり桜は俺の味方でいてくれてるのかな。
―――――うん、きっとそうなのだ。そういうことにしよう。
School Panic!
「衛宮さん何の部活やるの?」
「お昼は何処で食べるの?」
「私が校内案内してあげよっかー」
「士郎君の親戚ってことは運動とか出来るの?」
「あ、だったら陸上部入りなよ。いい感じだよ」
時は昼休み。
助けて下さい。そう言いたくなるような今の状況、というか言わせてください。いや、それより先に助けて下さい。
転校生って、何か辛いんだね。俺はそう思うしかなかった。自分の事についてなのだろうが、何だか他人事のような会話が目の前で繰り広げられている。
「おいおいご婦人方、衛宮殿が困っているでござるよ」
たまに後藤君が助け舟を出してくれるのが嬉しい。けれどお喋りな女の子を止める事など不可能に近い。後藤君や女の子がわいわいやっている隙を見て、俺は極力気配を消しながら教室を後にする。
さて、何処に行こうか。いや、考えるまでもないか。昼休み静かにゆったりとお昼を食べる事が出来る場所といったら、俺には一ヶ所しか思い浮かばない。
すたすたと廊下を歩き目的の場所へと向かう。
「一成、入るぞ」
「ん、え、みや?」
「どうしたんだ呆けた声出して」
引き戸を後ろ手で閉め、生徒会室に侵入する。
弁当を広げ質素のおかずの小松菜を摘んだ箸は見事に停止、驚いたように俺を見ている。いや、俺がこの部屋に来るってそんなにおかしな事か?
「衛宮、志保、か。どうしたんだこんな所に」
いや、おかしな事だった。俺は今衛宮士郎ではないのだ。
少し焦ってしまう。一回入ってしまったからには後に引けない。けれど、この状況を打開する方法は見つからないってか混乱中だようわっほい。
しどろもどろになってしまう。えぇと、何か良いあれは無いか。
「えっと、あの、うぅ」
「まぁ、何だ。来たのなら何か用があるのだろう。どうしたのだ?」
「いや、ここで昼飯食いたくて来たんだけど」
万策尽きて素直にそう言う。元々俺は嘘を吐くのに向いてないような気がしてきた。
何だか恥ずかしくて顔が赤くなる。うぅ、もしかしたら俺って赤面症なのかもしれない。
「な、何故だ?」
「い、いや、ただ教室じゃ落ち着いて食えないからって理由なんだけど。あの、駄目、かな?」
おずおずと聞いてみるが、一成ってどうも人見知りするというか。あまり知らない人には警戒するようだし、いきなりこの姿で訪ねたのはまずかったかもしれない。
それに、向こうも少し驚いているようだ。何だか喋り方がおぼつかない。
「い、いや、駄目という訳ではない。ただいきなりだったから驚いただけだ。こんな場所で良かったら使ってくれ」
「え、良いのか? ありがとう!」
思わぬ返事。素直に喜びを覚え、自然に笑みが浮かんだ。
机に弁当を乗せ、椅子に座る。何だか懐かしいな、そう思ってはまた笑みが浮かぶ。頬が緩みっぱなしだ。
るんるん気分で弁当を開ける。今日の弁当は自分で作ったもの、我ながら結構良い出来ではないかと満足している。
箸を持ち、さぁ、食べ始めるぞ。という所で、その視線に気付いた。一成の、俺を見る視線。ついと態勢はそのまま視線をその視線にかちあわせてみる。すると、一成は視線を逸らす。
あぁ、なるほど。
「一成、おかずそれで足りてるか? 動物性タンパク質が足りてないような気がするんだけど」
「ん、あ、あぁ。家が寺なのでな、どうも毎日質素で」
「俺のあげるよ、ほれ」
ひょいと唐揚げを箸で摘まみ、一成の弁当へと放り込む。
今の俺には食べきれない程の量を持ってきてしまったから丁度良い、他にもいくつかひょいひょいと一成の弁当へと放る。
「悪いな、いかんせんこの年頃には肉が必要なのだ。しかし、それでは衛宮が足りなくなるのではないか?」
「いや、良いんだ。今の体じゃ食い切れないくらい作ってきたから」
「今の体?」
あ、まずい。
「あ、いや。前よりは食わなくなったんだ。でも習慣で多くつくっちまって」
「なるほど」
「時に一成。今日は放課後生徒会の仕事か何かあるのか?」
「いや、今日は特に無いが、何故だ?」
「手伝える事があったら手伝おうと思ってね」
昼飯を食べながらそんな事をだべっていると、不意に一成がこちらを見てきた。
一体どうしたと言うのだろう、顔に何かつけてしまっているだろうか? 不安になってぺちぺちと顔を触るも、特に何も無い。
「どうしたんだ一成、急に黙り込んで」
「……いや、な。あまりにも衛宮が衛宮に」
「ちょっと待て。衛宮が衛宮って、あぁ、士郎か。分かりにくいから俺のことは志保って呼んでくれ」
「い、いや、女人を下の名前で呼ぶなど……」
「分かりにくいから仕方ないだろう。で、なんだって?」
「……志保が士郎に似ているものでな。初対面でこれほど話してしまうとは、自分でも驚いている」
……そりゃぁそうだよ一成。俺が衛宮士郎なんだから。
唐突に自分が大きな大きな嘘を吐いている事を思い出し、罪悪感が襲ってくる。俺は親友に嘘を吐いているのだ。衛宮士郎という人間を誤魔化しているのだ。
何だか、凄く寂しくなった。
「どうした衛宮、顔色が優れないようだが」
「志保だって。気にしないでくれて大丈夫。ちょっと食欲無くなっただけだから。そろそろ失礼する」
この感覚には、慣れそうにない。
頭がぐらぐらして、自分が自分じゃない何かに書き換えられていくような、不快感。
肌の中を痛みを感じずに何か違うものが移動しているかのような違和感。血が自分のものではない別の意志を持っているように感じる、おかしさ。
桜や遠坂は気にしないでくれたほうが私達も助かるとか言ってたけど、この感覚はどうあっても慣れそうに無い。
手際よく半分ほどしか減っていない弁当を片付けると、椅子を引いて立ち上がる。
「お邪魔しました」
そう言って、出口へと向かう。
「志保」
引き戸を開けて退室しようとする俺の背中に、声がかかった。
「今志保が悩んでいる事など些細な事だ。他のものにとっては結果的に喜ばしい事なのだからな」
「なっ! 一成っ!」
驚きに振り返ると、そこには何処か威厳の一成がいた。
「これでも僧見習い、悩み事があるというくらい人目で分かる」
えへん、とでも言うように胸を張って言う一成が妙におかしかった。
「ありがとう」
‡‡‡‡‡
「一成ー、弁当作ってきてやったぞー」
時は朝のSHRの前、憩いの時。一瞬、教室が凍りつく。
「なっ、志保」
何とか反応するは一成、しかしその声は掻き消されることになる。
「「「な、なんだってー!」」」
MMRでも読んだのであろうか後藤君を筆頭に、教室全体が驚きに蠢いた。