衛宮士郎、改め、衛宮志保にピンチが到来してますよ。
 えぇ、ゼル爺に女の子となってもあまり動揺しない事、という魔術みたいなのも掛けられたんだけど、どうもこれは勝手が違うのか。ちなみにこの魔術は他人にも作用するらしく、少しは違和感を隠せるかもしれない。
 それは自分という存在を不自然に思わない事という洗脳にも似ているのだとゼル爺は話していた。
 いや、そんなことより、とにかく今は直面した問題の事に考えるのが先決だ。
 そう、遠坂まで倒れてしまって、結局生き残った桜の何気ない一言によるものから始まったのである。

「先輩、お風呂先にどうぞ」

 あぁ、ありがとう桜。そう言って風呂場まで来て着ている服を脱ごうとしてから気付いた。




―――――やっば、俺、女の子じゃないか




 えぇ、盲点でした。盲点でしたとも。確かに俺は衛宮士郎だ。しかし、確かに衛宮志保という女の子である事に間違いはない。
 わざと気付かないように頑張ってたのに、その思いは軽々と粉砕された。
 衛宮士郎はごくごく健全な男の子です。例え体は衛宮志保でも、心は衛宮士郎。あれ、何だか混乱してきた。
 どうしよう、まじでどうしよう。この際桜に相談するのも手だけど、何だか余計恐ろしい事になりそうだと俺の直感スキルが警鐘を鳴らしている。

「士郎、いえ、志保。どうしたのですか?」

 途端、ライダーの声と共に脱衣所の扉が開いた。恐らく脱衣所でいつまでももじもじとしている俺を不審がったのだろう。
 あぁ、遠坂や桜はともかく、ライダーなら何か案を出してくれるかもしれない。藤ねぇは未だ寝込んじゃってるし。

「あぁ、ライダー。今悩んでた所なんだ」

 ライダーは先程と同じ普段着で脱衣所に乗り込んできた。うわ、ライダーやっぱり背高いなぁ、今の俺は前にも増して背が低いため、自然と見上げるような格好になる。

「脱衣所で悩む、一体どのような悩みでしょうか」

 そう言うと、大真面目に顎に手をあてる。あぁ、さっきとは違って何だか頼りになるよライダー。
 俺は正直に今の状態を説明する事にした。

「いや、俺の体って女の子じゃないか」
「はい、紛れもなく」
「でも、心は衛宮士郎のままなんだ」
「はい、それは理解しています」
「だから、服を脱ぐのをためらってるんだけど」
「……なるほど、志保、理解できました。つまり、自分の体にあるにも関わらず、女の体を見るのは億劫だということですね」
「察しが良くて助かるよライダー」

 ほぅっ、と胸を撫で下ろした。どうやら冷静に喋るその様子からライダーは何か考えでもあるらしい。
 ふむ、と納得したように一声出し、口を開く。

「では志保、一緒に入りましょうか」

 くそ、この体になってから何も障害が無かったと思っていたのに、耳に障害が残るだなんて聞いてないぞゼル爺。
 こうなったら早速どうにかしてゼル爺に連絡を取らないと……!

「士郎、頭を抱えてどうしたのです? 早く入りましょう」

 オーゴッド。現実逃避だという事には気付いてたんだよマイゴッド。でも、今ライダーが言っている言葉は現実逃避しても良いレベルの衝撃度があると思うよマイゴッド。

「ラララ、ライダー?」
「何ですか志保、おかしな韻律を刻んで」

 そう言いながらライダーは早速上を脱ぎ始めてますよ。え、俺は一体どういう行動に出ればいい訳ですか。取り敢えず目を閉じて思考を巡らせますよ。

1 全力で逃げる。
2 何とか説き伏せる。
3 大人しく一緒に入る。

 1はまず無理だ。ライダーから逃げ切れる訳がないし、第一、俺が逃げたら上を脱いだ黒いブラジャー姿のライダーが俺を追ってくるだろう。その様子を見た遠坂と桜が何をするか分からない。
 2はどうなのだろう。少し可能性も感じるものの、話し方からライダーは自分のしている事は最も正しいと判断しているようだ。
 3は俺の精神力がもたない。女の子となった自分の体を見る事さえ躊躇っていた俺が同時にライダーの裸体を直視しろと!? ぶっちゃけありえない。

「ライダー、よ、よく考えろ。女の子とは言え自分の体を見る事すら出来ないのに、更にライダーを追加してどうする。余計にダメージアップじゃないか」
「む、確かにそうかもしれませんが、それでは何時まで経っても桜や凛が入浴できないでしょう」

 う、一番無難そうな2番を選択したのだが、くそぅ、そう言われると仕方が無いじゃないか。
 結局俺に残された選択肢は必然的に一つしかなくなるわけか。

「ぅう、分かったよ。一人で入れば良いんだろ」
「はい、そうするのならば、それでいいかと」

 そう言って、ライダーは脱いだシャツを拾い上げる。前屈みになった瞬間に二つの大きなモノが揺れる。う、自然とそこに視線が流れてしまった自分が恨めしい。喝、色欲断つべし。
 脱衣所の扉が開けられ、ライダーが退室していく。あれ、出る瞬間舌打ちの音が聞こえたのは気のせいですかライダーさん。



「ふぅ、何はともあれ、覚悟を決めるしかないか」



 一人でそう呟き、これからする事の覚悟を決める。どのみち、この体とは折り合いをつけていかなければならないのだ。いつかは越えなくてはならない壁な訳である。
 すぅっ、と鋭く息を吸い込み、一気にシャツを脱ぎ捨てた。こうなったらもう、開き直るしかない。続いて履いていたジーパンも脱ぐ。
 目を瞑りながらなのはどうか勘弁して欲しい。これが俺の限界だよ切継。すぐ横に置いておいたタオルを手に取る。
 トランクスも脱ぎ捨て、風呂場へそろそろと侵入する。簡単に言うと目を瞑っているので自然とそろそろとした動作になってしまうのだ。まぁ、目を瞑っているとはいえ、慣れ親しんだこの風呂なら何処に何があるかとか把握できる。
 取り敢えず湯に浸かるとしよう。精神的な部分も含めて、疲れなんて洗い流してしまおう。そう思いながら、浴槽に右足から浸かっていった。





 あ





 浴槽に入って身を屈めたためなのか、腕を組むような態勢になった俺の腕に、柔らかいものがあたっている。
 すぐに両腕を浴槽の外に出し、その感覚から逃れた。うぅ、何だか無性に泣きたくなる。何で俺はこんな事をしているようなのだろう。

 軽く鬱になりながら、早々と浴槽から出て髪を洗う。シャンプーリンスの位置などは完璧に把握している。
 浴槽のお湯を頭から被り、ザバーと髪を濡らし、シャンプーを手に取る。髪の毛も、一本一本が細く、元の俺の髪とは似ても似つかないものだ。









 元の体が恋しい。
 衛宮士郎、自分の名前なのに、何故か遠く感じた。












‡‡‡‡‡








「うぅぅぅぅうぅ、大師父、お願いだからその宝石だけは、それだけは……!」
「うぅ、桜ちゃんに遠坂さん。士郎が居なくなったからってそんなこと……」
「ふふふ、くうくうおなかがなりました」

 多種多様な寝言が聞こえる。ここは屋根の上、ライダーとして桜を守るために、周りを見渡す。
 聖杯戦争は終わり、もう桜は守られる事を必要としないのかもしれない。だけど、私は使い魔だから。意味は無くても、意義があるのです。
 ふと、私の耳が聞きなれない声を捕らえました。その声に、神経を集中させます。



『ふっ、うく。も、元の体に、戻り、たいよぅ』



 それは、すすり泣く声。あぁ、この声は衛宮志保だ。衛宮士郎ならば絶対に出さないだろう声。気配からして、半分寝ている、半覚醒状態での泣き声なのでしょう。
 もう、衛宮志保は衛宮志保なのだ。衛宮士郎ではない、衛宮志保。存在がもう、書き換えられてきているのかもしれません。

 すすり泣くその悲しい泣き声は、30分程で止みました。