「OK、さっきは私達も我を失ってたわ」

 茫然自失とした藤ねぇを布団へと運び終わった桜と遠坂は、座るなりそう切り出した。
 まぁ、普通はそうなるかな。俺が生きてたってだけで結構奇跡なのに、こんなおまけまでついてくるんだから。

「取り敢えず、色々と説明してもらえる? この3日間一体何があったのか」

 勿論、話す。否、この聖杯戦争に関わった桜と遠坂には話さなければならない。
 でも、その前に俺も一つくらい聞いてもいいんじゃなかろうか?

「あぁ、でも俺にも一つ質問させてくれ」
「勿論良いわよ、何?」
「何で、ライダーがここにいるんだ」

 桜と遠坂の顔が、あ、そういえば。とでも言うように見合わされる。こんな体になってしまったからにはもう大抵の事には驚かないぞ。と意気込んで来たものの、ライダーの姿を認めた途端、その覚悟は粉微塵に粉砕された。
 英霊って聖杯が無きゃ存在出来ないんじゃないのか? 部屋の隅に正座しているライダーが私がいては悪いのですかとでも言うような視線を飛ばしているのに気付かないようにしなくては。
 それとも、まさか、あの聖杯が封印し切れていないとでも言うのか。

「忘れてた。確かに大聖杯はぶっ壊して万事OKだったわ。だけど、桜が聖杯だって事実には変わりが無いの。一時期でもアンリマユと関わっていた事によって、膨大な魔力が注がれているのよ」

 桜が顔を少し俯ける。そうか、そうだよな。桜は聖杯という事実は変わらないんだ。
 だけど、桜は桜だ。桜以外の何者でもない。勿論聖杯でもなんでもない、桜は、桜なんだ。

「それに元々英霊は依り代さえあれば現界できるの。今の桜の魔力は無尽蔵だし、やっぱり第三魔法の影響もあるけどね」
「そうか、なるほど。それにしても、ライダーがこんなに美人だったなんて思わなかったぞ」

 思わず本音が出る。なるほど、眼鏡で魔眼を殺しているわけか。
 ライダーの素顔はそれはもう神がかり的なものだし、黒っぽいシャツにジーンズという普段着では余計に現実味が増してそう思える。

「せ、先輩?」
「ん、どうした桜」

 桜が少しうろたえたような目つきで俺を見る。いや、なんでさ。遠坂は斜め右下を向いて溜息を吐いてるし、ライダーに至っては小声でまったくと呟いている。
 え、何、俺なんか悪い事でもした?

「まぁ、いいわ。士郎がそんなだって事は分かってるし」
「そ、そうですね」
「まったくです」

 え、遠坂、桜、ら、ライダーまで。うぅ、何だか心が痛いです。
 うろたえてわたわたしていると、遠坂が仕切り直すように切り出した。

「さて、話してもらうわよ。今度は士郎の事を」

 俺は、大きく息を吐くと、自分の知り得る事を話した。

「分かった。何も言わずに聞いてくれ」











‡‡‡‡‡












 俺は大聖杯を破壊するために投影を使い、自己を失いかけた。そこを、イリヤが助けてくれたんだ。
 第三魔法を使って、大聖杯を封印し、聖杯として使っていたその体を俺に受け渡したんだ。でも、それでは俺は助からなかった。どうやらイリヤの体じゃ俺の魂を抑え切れなかったらしく、俺の意識はそこで途切れた。

 あとは聞いた話なんだけど、一人の爺さんが俺を助けてくれたらしい。その爺さんは俺を助けるために平行世界をエンヤコラサ。

―――――へ、平行世界!?

 遠坂、何も言わずに聞くんだろ。よし。
 それで、その爺さんは俺を治療してくれて、その見返りはきちんと要求された。

―――――せ、先輩! 見返りってもしかして……!

 桜、姉妹でそんなに慌てるな。
 で、その見返りってのはおかしなものでさ。俺の体を診断させろという要求なんだわ。なんでも俺の魔術は明らかに異常だから魔術師としての好奇心がそそられるとかなんとかで。
 まぁ、そんなこんなで結局その爺さんは良い人みたいでさ。さっきこの家の庭にまで送ってくれたわけで、今、こうして遠坂と桜に再会してるところだ。











‡‡‡‡‡












「まぁ、こんな感じ」

 言い終えると、遠坂が、いや、桜までが何かぷるぷると震えている。
 これは、俺には分かる。泣きそうな時のぷるぷるとは絶対に違う事を、顔を俯ける二人から放たれる殺気に、少し身を引いた。
 そして、



「結局何でそんな体になってんのよ!」 「先輩がなんで女の子なんですかっ!」



 吠えた。があーって勢いで、二人は吠えた。視界の片隅でライダーが欠伸をしている。ちくしょぅ、ライダー、見てみぬ振りとは良い度胸だ。

「士郎っ!」 「先輩っ!」
「う、分かったよ。説明し忘れてた」
「一番重要な所じゃない!」 「一番気になる所ですっ!」

 分かった。ゴメン、俺が悪かったから二人とも落ち着こうよまじで。向かい合って座ってるのにこんなに顔が近いとは何事か。
 何だか気恥ずかしくなって少し身を引いた。少し顔が赤くなっているかもしれない。

「う、二人とも恥ずかしいから離れてくれ」

 そう言うと二人も一瞬後に顔を赤くしてすんなりと元の場所に戻った。
 少し気まずくなったので、大きめに咳払いをして場を誤魔化す。

「まぁ、その爺さんは俺を助けるためにこの体をどこかの平行世界から引っ張り出して来たらしい」
「なっ!」
「そしてどこかの人形師と協力して俺の魂を、俺の魂を受け止めきれる体に移し変えた」

 だからこんな姿なんだ。そう言い終えると遠坂がいつになく真剣な声で俺に問うてきた。

「士郎、その爺さんって、何て名前?」
「ん、おじいちゃんって呼んでくれと言われたけど、取り敢えず名前はゼル爺だとか名乗ってたな」
「な、な、な」
「ど、どうした遠坂」
「それ、多分大師父だわ」

 呆然とした様子で遠坂が呟く。

「へ? 大師父?」
「そうよ! 大二魔法を悠々と行使して士郎が投影したあの剣持ってるキシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグ! 伝説の魔法使いよ!」

 今度は興奮したように立ち上がり、があーっ、と吠え立てる。
 その様子に流石の桜も少し呆気にとられている感じだ。ライダーは欠伸をしている。ちくしょぅ。

「ほっほっほ、そんなに誉められるとむず痒いて」
「何よこんなのまだ誉めたりないぐらいだわ! 月落としを止めたって話もあるぐら」

 硬直した。この場にいる生物が混乱した。ライダーの魔眼でもこれほど見事に固まる事は無いだろう。
 いつの間にか俺の隣で老人がお茶を啜っていたのである。それはもうびっくりである。ライダーは欠伸をしている。くそぅ、ライダーってこんなんだったっけ。

「あ、ゼル爺。何しに来た」
「なぁに、可愛い孫の顔でも見に来たんじゃ」

 そう言って律儀にも正座をしているゼル爺は俺の頭を優しく撫でた。くそぅ、何かとても恥ずかしいけど、この体のせいなのか妙に心地よいぞ。思わず度々目も瞑ってしまう。
 ゼル爺はその手を止める事無く、口を開く。

「まったく、お前らのせいで大変だったんじゃぞ。こんな大きい騒ぎ起こしては魔術協会が黙っておらんて、おかげで儂が一肌脱ぐ事になったんだがなぁ」

 凄いじゃろ? 儂。そう言うようにビシィッと親指を上げる。

「さて、今は届け物に来ただけなんだが、志保、この様子だと大丈夫そうだな」
「あ、うん」
「シホ?」 「シホ?」

 桜と遠坂がユニゾンする。何だか随分と息が揃ってるような気がする。姉妹なだけあるな。
 呆けたような声を出した二人の眼前に、ゼル爺がほれほれと懐から何か紙を取り出す。何か嫌な予感がしてゼル爺からその紙を引っ手繰る。

「衛宮、志保?」

 もう一度、呆けたように遠坂が呟いた。
 この紙は戸籍抄本だ。そこには確かに、『衛宮志保』と表されてある。

「なっ! ゼル爺、俺は女になる気なんかないぞ!」
「ほっほ、何、そういう気がなくても必要となるもんじゃよ。何、元の体を作り直すのには時間がかかるでな。それまで楽しむが良いわ」
「ぜ、ゼル爺っ!」

 立ち上がったと思うと、ゼル爺はその場から掻き消えていた。ライダーは欠伸をしている。何か泣きたくなってきた。











‡‡‡‡‡











「今日、先輩が家に帰ってきました。でも、先輩は女の人になっていました。私はびっくりしてびっくりして、思わずゴーゴーする所でした。もう一つびっくりしたのは、先輩を助けた人が姉さんの頭の上がらない凄く偉い人だという事です。どうにかして上手くあのお爺さんに取り入れば、姉さんより優位にたてるかもしれません。桜は頑張ります。いや、それにしても先輩が衛宮士郎じゃなくて衛宮志保ちゃんになっていたのは驚きです。しかも、相当可愛いです。犯罪レベルです。赤い髪が肩に触れない程度に伸びていて、小さな顔を引き立てています。身長は私よりも小さく、小柄な部類だと思います。その動きはもう小動物めいていて可愛いのです。犯罪レベルです。私が犯罪を犯しそうです。あ、そういえば私は魔力が余った状態でした。少し無理を言って先輩に譲渡してあげればいいかなぁと思います。えぇ、魔術師として勿体無いからこういっているのです。決してやましい理由はありません。さて、今日は取り敢えず休んで明日からよくこの事を考えるのだそうです。いやぁ、それにしても先輩は可愛いです。むしろそのままで」

「ライダァアアアァァアアァアァァアアアァァァアァアアァァアァァァッァァア!」
「何ですか、桜」
「何ですかって、人の日記勝手に読んでっ! しかも何で朗読してるのよ!」
「それは桜の事を大事に思っての行動です。主人の精神状況を理解するのも使い魔の役目」
「ッ!」
「では桜、おやすみなさい」

 そう言ってライダーは私の部屋から出て行きました。











 お姉ちゃん、先輩、私、もう一回くすくす笑ってゴーゴーしたいです。