ざわざわと、心の和む音を発しながら木が揺れる。こんな風情に溢れた場所が学校内にあるとは思わなかった。
 木が立ち並ぶその道に並ぶ、木製の椅子、テーブル。遠坂のクラスの催し物、オープンカフェである。まさか、学園祭でここまで本格的なオープンカフェの用意が出来るなんて、何と言うか、驚きだ。
 席は半分ほど埋まっていて、中々に繁盛しているようだ。キョロキョロと周りを見渡し、遠坂を探す。あ、しまった、今は非番で何処かに行っている可能性だってある。

「志保ー」

 そんな不安も吹き飛ばす、聞きなれた声が耳に届いた。その声のした方向へ目を向け、右手を振る。左手はライダーに拘束、もといライダーと繋がれている状態なので、動かせない。うぅ、何だか思い出したら矢鱈恥ずかしい事に気付く。だって道すがら結構な数の視線を感じた。ぅあぁあ、かなり恥ずかしい。
 くそぅ、絶対ライダー確信犯だ。そう心の中で呟くと、何故だかライダーの目線が俺の瞳を捕らえた。さりげなく左手で眼鏡の中央を押さえ、位置を直す。すいませんでした、もうそんな事思いません。

「って、ライダー。何やってんのよ」

 俺がぼんやりとしていると、遠坂はもう目の前に来ていた。その格好は黒と白を基調としたウェイトレスの服装、左手には銀色の配膳盆も携えている。
 そんな格好が似合い過ぎな遠坂の黒い肘まで包まれる手袋の先は、俺とライダーの間を指している。何だろう、と一瞬だけ考えたが、すぐに思い当たる。思い当たり過ぎる。

「凛、問題ありません」
「はぁ。ったくライダー、志保で遊ぶのもほどほどにしなさいよ。楽しいのは分かるけど」
「えぇ、祭りという事で私も少し浮かれていました。自重します」
「えっと、遠坂、ライダー? 遊ぶって、しかも否定しないってどういう」
「この後桜の所にも行くんでしょ? ライダー、志保を頼んだわよ」
「えぇ、覚悟はしてまいりました。一応、重症にはならないかと」
「えっ? 重症って、ちょっ」
「ま、今は楽していきなさい。紅茶、フォートナムメイソンよ。味は保障するわ、志保も飲んでくわね」
「えぇ、英気をやしなっておきます。行きましょう志保」
「ちょっと! 遠坂っ、ライダー」
「志保」 「志保」
「……はい」

 一体、一体誰が今の状況で反論出来ただろうか。
 あの厚顔無恥のギルガメッシュや、能力だけを考えたら最強のバーサーカーでさえも、首を縦に振っていただろう。これはもう一種の魔力、固有結界。
 笑顔の遠坂。笑顔のライダー。この無敵のタッグに勝てる人がいるなら教えてもらいたい。

「ま、少し脅かし過ぎたかな。ほら、此処座りなさい」

 一つ、隅の方の席へ案内され、腰を掛ける。上を見上げればざわざわと音を奏でる葉っぱ。思わず笑顔になる。何だかいい気分。
 ちょっと待ってて、と去る背中に一つ、微笑んだまま声を掛ける。

「遠坂」
「何?」
「似合ってるぞ、制服」

 振り返った姿勢で、遠坂が固まる。べきり、と音でも聞こえそうな程の固まりぶり。
 えぇと、大丈夫かな?

「凛、しっかりして下さい。そして志保」

 ライダーの声に凛が正気を取り戻したかのように動き出す。がっしと、またライダーに肩をしっかりと掴まれた。やばい、脳が前例と共に危険信号を発信する。
 しかし、対抗策無し。逃亡成功確率は絶望的なほどに0に近い。

「志保、あなたは自分のした事がどのような事か分かっていますか? 確かに志保の性格は裏表の無いものだと短い付き合いでも理解できています。しかし、しかしですね、凛や桜に聞いた所によると今のような不用意な発言を時、場所、相手を構わずに乱発しているそうではないですか。分かりますか? これは危険な事なのです。私は志保の身を案じてこう言っています。それは身体に害が及ぶ類の危険に分類されるのです。いえ、身体の損傷よりも精神に大きな亀裂が生じるかもしれません。志保、ちゃんと聞いていますか。志保、目を見て聞きなさい。別に言うな、という訳では無いのです。しかし、少しは人目を気にしてくれても良いじゃないかという話しなのです。そもそも自分で自覚できていないのが性質の悪い所。もう少し志保にきちんとした思考形態が完成させられていたら良かったのですが、無理なものが無理だと承知しています。だから、少しだけでも私達の言葉に耳を傾けて下さい。きちんと私達の意見を行動に移して、示して下さい。分かりましたか」

 ライダーが早口で捲し立てるその内容は頭に入ってこない。だって、話す毎に段々と眼鏡がずれていくから。生命の危険だよライダー、これを計算でやってたら神だよライダー。
 今の俺に出来る事は、とにかく勢い良く首を縦に振る事しかなかった。










―――――ライダーの印象が今日だけで随分と変わりそうです















‡‡‡‡‡‡
















「しかし、目立つ組み合わせよね」

 唐突に遠坂がそう切り出した。組み合わせがどうかはよくわからないが、ライダー一人で充分に目立っていると思う。
 木製の円形テーブルを三人で囲んでお茶をする。何気にしっかりお金は取るそうだ。うん、当たり前だけどね、遠坂だし。

「しかも何? 手繋いで歩いちゃって」

 悪戯な笑みを浮かべて遠坂が言う。うぅ、恥ずかしい所を余計にぐりぐりと責めてくる。
 途端、ふっ、と遠坂の笑みが消え、深刻な顔になる。一切の動作は停止し、ぶつぶつと何事か呟く。

「遠坂、どうかしたのか?」
「志保はちょっと待って。ライダー、あなたってもしかして、そっちの気ある人?」
「ブフゥッ」

 紅茶吹いた。これで吹かなくて何で吹く。
 あの厚顔無恥のギルガメッシュや、能力だけを考えたら最強のバーサーカーでさえも、紅茶を吹いていただろう。これはもう一種の魔力。固有結界。
 混乱してライダーを見ると、平然とした顔でライダーは言ってのけた。

「いえ、志保の場合を限定したものです」
「ブフゥッ」

 遠坂が紅茶吹いた。自分を落ち着かせようと口に含んだ所での思わぬ発言だった模様。
 周りから奇異の目で見られるも、そんな事に気をかけていられるほどの余裕は無い。瞬間麻痺した俺の心も戻ってきた様子、ライダーの言った意味の基本骨子を解明、そして訪れる混乱。

「なっ、ライダー!」
「どうしたのですか、志保。吹いてしまった紅茶は勿体無いですが、別に特別掃除しなければならないという場所に吹いた訳ではありません」
「違くてライダー。あなた、本気なの? 本気で言ってるの?」

 縋るような遠坂の声色。思わず俺も遠坂も身を乗り出してしまっている。

「いえ、質問を変えるわ。具体的に言うとどのような感じで?」
「そうですね。志保を見ると守ってあげたくなると言うか、他の人物に比べて、私が好意的に思っているという事は事実です」
「つまりそれは母性本能によるものが大きいと考えて良い訳ね」
「えぇ、それによるものも大きいかと思われます」

 ふぅ、と遠坂の口から溜息が洩れる。今のライダーの発言には破壊力があった。流石は英霊、破壊力抜群だぜヒャッホゥと混乱したくなるが、理性がそれを押しとどめる。
 しかし、母性本能って、何だか子供呼ばわりされてるようで少しへこむ。

「あのね、ライダー。あなたこそ、発言に気をつけなさい」
「はい? 何故ですか、凛」
「今のあなたの状況が、何時もの志保よ」

 あぁ、遠坂本当に疲労したようだ。志保だけでも大変なのに、と呟いてテーブルに突っ伏した。
 何だか納得できないが、どうやら今のライダーの状況が何時もの俺の状態らしい。いや、なんでさ。

「はぁ。何だかあんたら相手にすんの疲れたわ。そろそろ桜が待ちきれずにはっちゃける頃だろうから行ってあげなさい」
「良くは分かりませんが、取り敢えずその意見には賛成です。桜を野放しにするのは危険すぎる」

 酷い良いようだが、反論は出来ない。何だか近頃の桜は時々暴走する。
 あ、何だか今、嫌な予感が背筋に。















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「せ、先輩の身に危機がっ」
「ちょっと桜、突然どうしたの?」
「い、今先輩がっ!」
「先輩って誰、ってあの人か。誰か桜押さえるの手伝ってー!」
「おう! 俺達間桐桜を応援する会に任せとけっ」
「そうだそうだ! 衛宮衛宮ってそんなに衛宮っていう名字が好きだか分からないが、何時かは振り向かせてやるっ」
「ちょっと待て、桜嬢の様子がおかしい」
「くすくす、わらって」
「やっ、やめっ! 桜っ、落ち着いて落ち着いて落ち着いて!」
「総員退避っ! 総員退避ー!」
「衛生兵! 待機しとけ、怪我人が出るかもしれん」







―――――えぇ、それはもう大変でしたよと、後の人は語った。