最近、よく考える。
白い髪、褐色の肌の少女を。
いや、少女と言うのは失礼か。彼女はアレで二十歳を超えてる。
日本人故にか、それとも彼女が特別なのか、驚く程に若く見える女性。
今日で丁度、一ヶ月目になるメイド兼秘書。彼女に言わせれば料理人、兼業で秘書っぱいの。

「あ、そのスープは後で。今はとりあえず肉のほうから仕上げて下さい」

最初の出会いは、ロンドンでも珍しい程の霧のかかった朝。
彼女は、冬に家を追い出された猫のように、体を萎縮させ凍えていた。
何て事は無い。如何に首都ロンドンとは言えホームレスなど珍しくない。
だから手を差し伸ばしたのは、ただの気まぐれ。
その野良猫のような解れた長めの白い髪。全てを包み、全てを真っ直ぐと見る、愚直な鷹の如き瞳に興味を覚えただけ。

「そうです。ちょっとだけ焦げ目を付ける程度に。え?お嬢様?お嬢様ならテラスじゃないかな」

思いの外、彼女が有能と気づくのは遅くなかった。
礼に料理を。そう言われてやらせてみれば、味は至高の域。
礼に掃除を。そう言われてやらせてみれば、手際は熟練の技。
礼に。礼に。礼に。

「はいはい。このペースで行けば丁度夕食に間に合う。業者の手違いで食材が
 届かないって聞いた時は、さすがに焦ったけど。何とかなりそうだ」

そして、彼女が魔術師と気づいたのも決して遅くは無かった。
夜、仕事が終わり。庭で魔力を練っていたのだ。
魔術師の家で魔術の鍛錬。どのような挑発?そう思い、問い質したら。
『いや、・・・・・・魔術師だったのか。気づかなかった』などと小声で零す。
聞けばホームレス生活を送っていたのも、時計塔に入ろうとロンドンへ。
しかし場所が分からずに断念。そのままホームレスへと急転直下。なんと間抜け。

「よし。あとは最後の仕上げ。・・・・・・呼んでこい?お嬢様を?
 ・・・・・・分かった。仕上げのほう頼みます。そんじゃあ、俺は一旦抜けます」

―――とりあえず折檻が一つ。

「シロウ。また“俺”と言いますたね。言った筈です。女性が俺などと申すものではありません」
「む。お嬢様か。脅かさないでくれ。心臓が止まるかと思った」

―――言葉遣いがなってません。もう一つ追加ですわね。

「脅かすも何も、わたくしは最初のほうからずっと見ていました。気づかないシロウが愚鈍なのです。
 ―――それと、今の貴女はわたくしの何でしょう?」
「あ、ごめ・・・・・・申し訳ありません、ルヴィアゼリッタ様」

―――素直な女だ。顔が愉悦に生じてしまう程に。

「ふう。もう少しで料理が出来るみたいですね。シロウ。料理が出来次第に食卓へ運んでください。
 それが終われば今日のお仕事は、もう結構です」
「かしこまりました。急いで準備しますので、もう少々のお待ちを」

―――可愛い女だ。

「ええ。今日の料理も期待してます」
「はっ、はい。」

―――本当に・・・。






「・・・・・・ふう」

一ヶ月経った。
ルヴィアに拾われ、一ヶ月。
気づいた時には、ココでお抱えの料理人・・・あるいは秘書をやっている。
元々は時計塔に入る為にロンドンに来たのだが。
何故かホームレス、次いで魔術師の家に住み込みで働いてる。
我ながら考え無しに行動を起したかも知れないが、
少なくとも衣食住には困らずに、なんとか生活していけてる。
そして、5年経った。
聖杯戦争が終結して5年。
セイバーが還り、あれから俺は正義の味方として日々、努力を惜しむこと無い日常を送る。
いや、日常を送ろうとした。
あの戦争の爪跡は自分の体に害を及ばしていた。
セイバーがギルガメッシュと戦ってる時。俺が言峰を倒そうとしてる時に在った。黒い泥。
アレに触れてから、何かがオカシクなっていった。
徐々に蝕む遅効性の毒のように。
身長は165cmで止まり。筋肉は痩せ衰え体重も激減。
ああ。参った。多分親父もコノ泥を被ったのだろう。おそらく長くない命。
ならば、その短い生涯だとしても、正義の味方として駆け抜けよう。そう思ってた危惧は別の方向に現れた。
女になっていた。
いや、びっくりした。いやいや、びっくりしたなんてモンじゃない。
毒は鈍足に、変化は鋭敏に。朝起きて、人生二度目の声変わりと。男だったらあるモノが無い恐怖。
先が見えない暗幕の中で、幾晩も悩む時間的余裕は無く。別れの挨拶も無しに夜逃げのような置手紙一つ。
そして非日常はこちらの事情などお構いなしに進む。
この五年間で色々と変わった。それは非日常を少し受け入れ、日常へと転化させる日々。
女になったせいなのか、元々、剣だけに特化した身。魔力の移転など出来ない筈なのだが、
女性体というのはソレだけで一つの神秘なのか、自分の髪の毛に魔力を溜める事は出来た。
なるほど。髪は女の命。
途中途中で交戦中に危ない場面があったので、その都度に魔力を溜めた髪を切り、自身へと転換させ、
今では丁度、肩より多少長い程度。
なるほど。髪は戦場の命綱。
ただそのせいなのか、魔力酷使に拠るものなのか、赤い髪は色素を失い。白髪へと。、
他にも肌の色が変わった。東洋系としての肌はそのキメ細さを残したまま、褐色に。
これも魔術酷使に拠るものなのか分からない。
遠坂や、イリヤでも居れば、こちらの事情を説明し助言を求める事が出来るのだが・・・。
なにしろあの時は焦っていた。そして出した結論が置手紙一つとは、自分の思慮の無さに呆れるぐらいだ。
そして・・・・・・気づいた時には正装はタキシードでは無くドレスに、今メイド服を着てる自分に日常は変わる。
一週間前まで守られていた貞操という名の口紅も、我がルヴィアゼリッタお嬢様の命令によって
呆気なく犯されてしまった。
少しだけ泣いて、お嬢様が“サド”と確認した。そんな、おそらく非日常の一日もあった。






食卓に並ぶ料理を見てルヴィアゼリッタは舌なめずりしそうな自分を窘める。
その様子を感じ取った士郎は見ぬ振りをする。
ココには二人。メイドと主人が二人。

「シロウ。仕事はこれで終わりです。使用人も貴女を除いて休みに入ってます。
 ―――ですから、友人として誘いましょう。夕食のお相手、お願いできます?」

ココ一週間の決まり文句を発するのはルヴィア。ならば、とソレに応えるのは友。

「ああ。ルヴィア。ご馳走になるよ」
「ふふ。貴女が作ったのでしょう。
 ところでシロウ。わたくしが差し上げた口紅は使ってないようですね」

主人の笑みはどこか昔を思い出させる。
びびってる自分を確認し。ああ、赤い悪魔か・・・。そう認識に至るのに1秒掛からず。
更に1秒。言い訳を造り。無理だ、と諦める。

「・・・部屋においてあるぞ」

出した答えは正解の一歩隣。
対し、間を置かずに問う声は神が如く

「場所を聞いてるのではありませんのよ?」

ならばならば、と。

「す、すまん・・・」

全力投球の真剣勝負。謝り癖がついた故か、生来の気質か、争いを好まない正義の味方は
誠心誠意を、真心を込めて全力で謝罪の意を証する。
謝罪する彼女を尻目に、表で良いのです。と嘯き。裏で答えになってません。
と発する神は悪魔に堕ち。尚も追撃せんと言葉を紡ぐ。

「良いのですよ・・・・・・ただ、気に入ってもらえなかったようで、それが少し残念ですわ」

過ぎてはイケナイ。かと言って、手前でもイケナイ。
正義の味方が罪悪感を覚えるギリギリの表情を作り出す。
勿論の事だが正義の味方は泣き顔に弱い。困ってる顔に弱い。脅えてる顔に弱い。
右頬を打たせ、左頬を打たせ、しまいには腹にボディブローを打たせる理想家。
靴を差し出し、服を差し出し、しまいには命を差し出そうとするほどの愚か者。
そんな彼女が言うべき言葉は決して多くない。

「そんなことはないぞ。いや本当に。気に入ってるぐらいだ」

釈迦の掌で踊る猿のように、動揺に白髪を揺らし必死に言い繕う衛宮士郎。
それを滑稽とは思わずに、純粋に可愛いと思ってしまったルヴィアゼリッタ。
どちらが憐れか。―――結果は直ぐに出た。

「そうですの?それならば食事が終わり次第にもう一度口紅を塗ってもらいましょうか」
「あぇ。・・・本気なのか・・・?」
「勿論です。貴女は淑女としての慎みがたりません。そもそも何処で覚えたのか、そのような
 スラング(男言葉)を使うなど―――良いですか・・・・・・!!」

云々と続き早5分。
―――気づいた時には、食後に口紅を持ってルヴィアの部屋に行く事になっていた。
やはり衛宮士郎は今日も少しだけ泣いた。今だ受け入れぬ日常を前に。
対してルヴィアゼリッタは今日もご機嫌だった。泣き顔に興奮したのは内緒だ。









あとがぎ

書いてやったぜブラザー。後悔はきっとしてない。